INDEXへ戻れます。

君の味を確かめて

 

 壮一(そういち)は、絶対にプロのミュージシャンになるんだと意気込んでいるけれど。
 全世界の平和の為にも、それは諦めて欲しいものだわ。
 今日も今日とて、いつものようにギターを鳴らす。まぁ、別にギターの音は悪くないのよ。
 黙って弾いてりゃ、ちょっとはカッコイイかもしれないって錯覚することもあるもの。
 問題は古き良き時代の漫画のように「ホゲー」だけで表現できてしまう歌唱力と、破滅的な作詞センスの無さ。
 イヤでも耳に入ってくる雑音を極力気にしないように、私はクッションに埋もれながら、柿の種を開けた。アルミ袋の隙間から、ぷんと煎餅菓子の香ばしさが漏れ匂う。
 人のベッドの上で食べ物を食べる私を気にするでもなく、壮一はひたすら自作の歌を披露する。
「細い三つ編み、いくらなんでも細すぎる〜。そりゃいつかハゲるだろ〜」
 うっさいわね。私だって気にしてんのよ。
 躰を左右に揺らしながら歌う奴が視界に入らないよう、私は背を向けて柿の種を頬張る。
「長い三つ編み、そりゃ凶器か〜、オレの首を絞めるために伸ばすのか〜」
 だから、うっさいってば。
 お菓子のパッケージを持ったままで耳を塞いで、目を瞑る。
 それでも雑音は途切れることなく続く。
(はな)、花、花ー、オレの彼女〜。花、花、花ー、凶暴な彼女〜」
「あんたねぇ? 喧嘩売ってんの?」
 振り返ると、手元にあったペンギン型のクッションを投げつけ、壮一の顔に命中させる。
 と、ようやく曲は止まり、きょとんとした顔が私に問いかけるように向けられた。
「花? どうしたんだよ。急に」
 それは本当に、自分が逆鱗に触れただなんてこれっぽっちも思っていない音色で。自分が悪いことをしたなんて
1mmすら思っていない無邪気な瞳で。
 クッションを拾いあげ、軽くベッドの上へ投げてよこした。私の隣に、ペンギンが戻ってくる。
 私は壮一に向き直り、
「急にじゃない。人のこと勝手に歌うのやめてくんないかなぁ」
 もう一度、投げ返す。
 今度は当たる前に、キャッチされた。
「だって、ラブソングって恋人のこと歌うもんじゃん」
 言いながら、壮一はベッドのへりに腰掛けた。奴の重み分、右端が沈む。
「違うわ。恋人じゃなくて、恋愛について歌うのよ」
「? どう違うんだよ」
 壮一はギターを横へ下ろし、ベッドの上へ上がるとあぐらをかく。
「私のこと歌うんじゃなくて、人を好きになるのはどういうことなのかを歌うの」
 一度宙を眺めて考えを巡らせたものの、すぐに首をか傾げてみせた。
「だから、花のことだろ?」
 ……ダメだわ。通じそうに無い。
「言った私が悪かったわ。……とりあえず、私の名前出すのは辞めて。恥ずかしいから」
「なんだ、そんなこと。はじめっからそういやいいじゃん」
 壮一はけろりと言ってのけた。
 腰掛けたまま上半身だけで振り返り、「それちょうだい」口を開けて見せる。
 食べさせろってことなのかしら。
 わたしが柿の種を摘んで壮一の口に放り投げようとした時。私の指が退くより先に、奴の口が閉まった。
 柿の種は殆どは口内へは入らずに零れ落ち、ベッドの上にばら撒かれてしまったのに。そのまま私の腕を掴んで、間合いを詰める。
「ちょっと、人の手まで食べないでよ」
 内心の動揺を悟られまいと、目を逸らそうとするけれど。
「花の指、しょっからい」
 漏れ聞こえる笑みを含んだ声に、まっすぐと絡められる視線に。
 私は身動きがとれなくなってしまった。
 抵抗がないのをいいことに、生温かい舌がざらざらと、指を、指の間を丁寧に舐めあげてゆく。
 捉えられた手首から伝わる壮一の体温が熱くて。
 壮一がにじり寄ることから起こるベッドの軋み音だけが、やけに鮮明に響いた。
 目を閉じ、その時を待ったけれど。
「あ!」
 壮一はあっさりと私の腕を解放し、奴の唾液の絡んだ指が外気に晒された。
 空気がやけにひんやりとしたものに感じられるのは、ただ水分が冷えただけではないだろう。すうっと、背筋から体温が下がっていくのが分かった。
「いいかもしんない」
 今までの流れを無視するように、壮一は立ち上がると、ギターを持ち上げる。
 私はべとべとになった指をそのまま壮一のベッドシーツに拭い、柿の種をハイペースで口に投げ入れる。
 一通り、緩やかなバラードのメロディが流れた後、壮一は歌い始めた。
「オレの彼女、指は柿ピーの味〜」
 相変わらず音程はこれっぽっちも合ってなくて。
 口元が引きつるのを感じる。
 人を放ったらかしにして、出てきたのがその歌詞かい!
 クッションを投げつけようと構えた途端、壮一はきらきらと瞳を輝かせて、「よっしゃ!」小さくガッツポーズをして見せた。
「花、ありがとう! これは後世に残る歌になるぞ!」
「……ねえ、喜んでるとこ悪いけど、何があったかさっぱり分からないんだけど」
「今の歌、聴いてただろ!」
 壮一は興奮の色を隠さずに言ってみせた。
「聞いてたわよ。……柿ピーがどうとか」
「これは多分、オレの代表曲になるぞ」
 ……何とコメントしたらよいのやら。
 壮一は呆れ顔の私にはお構い無しに、言葉を続けた。
「世界中の人間が、この曲を聞いて涙を流すようになるんだよ」
 絶対に、そんな日はこないわ。
 思いながら柿の種を頬張る。
「やめてよ、そんな恥ずかしい歌世の中に出すの」
「えー、だってさ。オレ、ピッグになる予定だから」……ピッグは豚よ、壮一? 「そしたらさ、永遠に花の存在が残るんだよ。それってすごくね?」
「そんなの残して欲しくない。第一ね、もし本当に壮一がミュージシャンになって、後世に残る存在になたとしてもさ。私はどうなんのよ。柿ピー味の女?! そんなのまっぴらごめんよ」
「だって」
 きょとんとした表情のまま、壮一は続けた。
「花の指、いつだって柿ピーの味じゃん」

 

靴底鳴らして顔上げて感想フォーム
よかったら感想をお聞かせ下さい。無記名でもO.K.

ヒトコト


靴底トップへ

NOVEL TOP

Copyright (c) 2004 Sumika Torino All rights reserved.